下記のバナーは当サイトを含むランキングページにリンクしています。

ぜひぜひ応援してくださいね!

suponsor

2015年08月08日

宿曜は歴史の人物に学びます。波乱の人生「虚宿」

占いにはまってしまうオヤジ・・・。僕は「虚宿」・・・運命は変えられないのか=3

screenshot_2015-08-06_2254_3-1.jpg


同じ「宿」の人物を探してみました。「松田優作」「つんく」「秋元康」「清原和博」「宮藤官九郎」「又吉直樹」といるいる。その他の人物も探してみた・・・。


北条正子(ほうじょうまさこ)・・・北条時政の娘。源頼朝との間に子を授かる。頼朝の亡き後は、鎌倉幕府の実権を握り「尼将軍」と呼ばれたやり手の女性でした。描かれるイメージは「鬼嫁」ですが、子ども達の事では大変な苦しみを背負いながら、その生涯を終えた人物です。

嫉妬深さは強烈で「愛」に関して、もの凄く真直ぐな女性でした。よく言われるのが、源頼朝の浮気相手の家を「叩き壊す」というような嫉妬丸出しの行動を平気でとれる女性でもあったようです。


淀殿(よどどの):浅井長政とお市の間の長女。幼名は「茶々」。お市は織田信長の妹として有名ではないでしょうか。豊臣秀吉の側室として、また浅井三姉妹の長女として歴史書などで目にします。母の血を受け継ぎかなりの美人だった(当時の)と言われています。

秀吉との子を授かると、喜んだ秀吉が山城の淀城を茶々の住処として与えたことから、淀の方・淀殿と呼ばれるようになりました。豊臣家、我が子の為に生涯を全うした強い女として歴史に名を残しています。


武田信玄(たけだしんげん):甲斐の虎といわれた、智力あふれる戦略の戦国大名です。

21歳になった頃の武田信玄は、父親である信虎を駿河に追放します。そして武田家の家督を相続するのです。そんな話ではありますが、武田信玄の偉いところは、追放先の今川家に今のお金にして1億円というお金を送金しており、誰も殺さずに武田家の統率を行なったのです。

当時は、家督争いで父・兄弟などを殺害してしまうことも多く、伊達政宗・織田信長・今川義元・毛利元就など家族間での争い事は少なくありませんでした。


明治天皇(めいじてんのう):明治新政府、近代国家日本の指導者、象徴として国民から畏敬された人物です。日常生活は質素を旨とし、どんなに寒い日でも暖房は火鉢1つだけで、暑中も軍服(御服)を脱がずに執務にあたるような、自己を律することで、天皇としての威厳の保持に努めた方のようです。

赤坂の東宮御所(現在の迎賓館)の完成を報告しに来た片山東熊に「華美過ぎる」と言い、片山はそのショックで病気がちになったという噂がある。

茶目っ気のある性格として、皇后や女官達は自分が考えたあだ名で呼んでいたという。私生活では、日本酒を好み、夜は女官たちと楽しそうに宴会をすることが多かったようです。晩年は糖尿病を患い、尿毒症と診断。


まだまだいるんです。大久保利通、石橋正二郎、大山康晴、山本富士子・・・・そして


美空ひばり(みそらひばり):言わずと知れた昭和の歌謡界を代表する歌手ですね。伝説となった不死鳥コンサートは東京ドームで行なわれました。その伝説コンサートの逸話をご紹介します。

52歳で亡くなられた美空ひばりさんは「光と影」として様々な記録が語られていますが、最後のコンサートを向える前、太ももや股関節の激痛など体の不調から緊急入院と精密検査を行いました。その結果、慢性肝炎および大腿骨骨頭壊死と診断された。慢性肝炎の原因は明らかに酒だったようです。

「いずれ人工関節を入れる手術が必要。脾臓が肥大しているため、白血球が減少しています。手術を急ぐと出血する可能性が高い」

医師からのこの説明は、さすがのひばりさんも衝撃を受けたと思います。それでも、「もう一度、ファンの前で歌いたい。美空ひばりは死なない──」当時49歳のひばりさんは、こんな決意を語っている。

そんなひばりさんを片時も離れず見守ったのが、最愛の息子・加藤和也さんです。和也さんはひばりさんの実弟・かとう哲也の息子として生まれています。生みの母の記憶はまったくないらしい・・・。物心がついた時には、ひばりさんを「ママ」と呼んでいたそうで、77年にひばりさんはその和也さんを長男として養子縁組。和也さんが5歳の時でした。

そして、和也さんは16歳に・・・。大人へと変わる複雑な心の時期、壮絶なまでに歌手として生きる母の姿と対峙することになります。「再起不能説」が流れてから1年。88年4月、伝説の復帰公演「美空ひばり〜不死鳥コンサート」が東京ドームで開かれたのです。

「僕はあのコンサートに疑問を抱いていた。だから『やめてくれ』と‥‥」

ひばりさん17回忌の折にインタビューされた際、和也さんはこう明かしています。

「コンサートの準備段階で『こんなことやめてくれ。あんたら、寄ってたかって人の親を殺す気か!』って、関係者の誰かれかまわずに声を荒らげましたよ。だって普通に考えても、体の調子が悪い人に歌わせるという感覚が、僕にはわからなかったし、我慢ができなかった」

しかし、この時、彼は「ひばりプロ」の一員として本気で母を支えるしかないと、心に誓ったのだそうです。この復帰公演は2時間半、39曲を歌いきり、約5万5000人の観衆を魅了したのです。

立っていることさえ不思議な体で、ひばりはコンサートツアーに赴く。公演に先立って、和也さんが主治医に相談すると、別室でこう告げられたそうです。

「肝機能は一進一退ですが、静脈瘤が発見されました。破裂を起こす寸前です・・・。ステージで血を吐いたらもう助かりませんよ・・・・」

壮絶すぎますって・・・僕の人生そこまで波乱を含んではいませんが、大小あれど似たような事はおきているんでしょうかね。



僕の運命≪虚宿≫Part2
適職と生き様
 知るたびに上がったり下がったりですが、波乱を含む人生を暗示しているんでしょうか?虚宿の人に向いているといわれる職業としては「弁護士」「医者」「学者」「教師」など特定の技能を持って他人に頭を下げずにすむ職業を選ぶと、異色の教祖的存在になる可能性があるといいます。

自尊心が強く、他人に頭を下げられない性格であり財運もある大将星ながら、一般的に独立事業はすすめられないそうです。やはり「武家の商法」になりがちで、一歩間違えると全財産を失いかねないようです。

となると、良き上司の部下になって、組織や他人の財産を富ます事によって、自分も幸福になるという道を選ぶとうまくいく宿なのです。こう考えると、前頁での内容も納得してきますね。

また、監督、マネジャー業などもよいとされていて、不動産や株の投機で成功する人もいるようです。さらに、「そうそう」ってうなずいてしまったのが、長い下積み生活の末、世に出るというよりも、突然彗星のごとく頭角を現すという一面があるという部分。

逆に、下積み生活は自尊心が耐えられず、職を転々として世のはじきものになってしまう・・・事もあるようなので、鍛えるは忍耐力なんでしょうね。

歴史上には政治の世界で成功した人物もいるようですが、「国にありては盗賊」と呼ばれないように、一般的には政治には関係しない方が良いといわれています。
 


政治に興味が持てないのはこの「宿」のせいにしてしまおう!と思っているダサい男でした。


原文はこちら

『此の宿に生まれし人、穀食を足して貯積を多くす。長貴勝れ、君主の寵愛を蒙る。神廟を祭るを好み、終身楽す。辛苦に耐ゆる者あり。性格は陰にして能く人身の法を知る。困窮の節、悪心生ずるを慎むべし。其家に生まれて其家の器材を害す。国に在りては盗賊なり。故に余り政治事に関与すべからず。』
出典「文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経」

まったくわからない・・・。いまをどう生きる・・・そこまで決まってしまっているのか・・・・。
screenshot_2015-02-23_2231-1.jpg
posted by 奥手な男 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

参加ランキング

リンク集